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2026年10月25日日曜日

支援は紙一重

昨日、耳だけ参加したお話会。この話を聴くのは今回が2回目。

同じ内容でも1回目と2回目では心に引っかかるポイントが違ったりして

また聴いてよかったなと思う。


弱音。支援者には話せない。でも仕事で一緒の同僚にはいろいろ話せる。

支援者からすると悲しいけど、分かる気もする。

小学校の母親委員だったときに参加した、年に一度の勉強会と同じだと思った。

初めて参加した私に

みんなバズセッションを楽しみに参加しているのだと先輩ママが教えてくれた。

とにかくママたちは話したい。子どもや家庭の愚痴を同じママという立場の人に話したい。

同じ学校のママ友だと人間関係が近すぎてその後に影響がありすぎるから話せない。

でも市の大会だと住むところも学校も遠い場所のママ達ばかりだから

子どもや家のことを愚痴ってもみんな誰も自分の家庭のことを実際に知っている人はいないし

その場限りで終わる。

あの頃はSNSもなかったし。だから愚痴を吐き出せる。


支援は支援者にそのつもりがなくても、時として暴力や支配になってしまうこともあるから

支援者には話せない、ということなのかな……。他の理由もなんとなく想像できる。


困っているママや子どもたちのお手伝いができたらいいな、と思って勉強してきたけれど

私はホントにお手伝いできているのだろうか、かえってお邪魔になっていないだろうか

そんなことを考えた。

2026年10月17日土曜日

社会の一隅を照らす

今日はこちらの研修会に参加してきました。


講師の方の説明もとても丁寧で分かりやすかった!

グループワークでは一つの事例について話し合いをしました。
1つのケースに医療、福祉、児童、いろいろな立場の人の見立てを聞くことができたので
自分だけでは気づかなかった視点に気づくことができました。
時々こういう時間が持てるといいなと思います。

仕事をする上でホントはもっと踏み込んでいろんなことを知りたかったけれど
今回は初期対応と見立てがメインの内容だったし
とりあえず考え方の方向性はあっている、という確認ができました。
それには社会資源のことなどもっと知らないと、と思います。

講義の締めくくりで紹介された「社会の一隅を照らす」という最澄の言葉が心に残りました。
仏教的な言葉なのかとずっと思っていましたが、そうではありませんでした。
一隅は片すみ、ということ。
これは「自分のおかれた場所で自分ができることをする」という意味なのだそうです。
地味なことでいい、自分にできることをする。
そうすることがすべてのこどもを取り残さないことにつながるんですよ、というお話でした。

2026年10月16日金曜日

ろう者の自己探求「デフフッド」とは?

先日、聾啞教育についての漫画を読んで興味を持ったので

ネットで見つけたこちらの動画も見てみました。

福祉の世界は深くて広いなぁと思います……。

2026年10月12日月曜日

本 わが指のオーケストラ

勉強仲間から紹介された「わが指のオーケストラ」(全4巻)。

漫画だから図書館にはないだろうなぁと思いつつダメもとで検索したらあった!!

ので早速読んでみました。

主人公は大阪市立聾啞学校の先生でろう教育の父と呼ばれている人でした。

主人公とともに重要な登場人物となる男の子。

言葉を知らずに他人とコミュニケーションがとれず

自分の思いが伝わらずに力で遂行しようとする姿を見て

自閉症や強度行動障害の子もきっとこういうことなんだろうなぁと思いました。


赴任したばかりで手話も何もわからない主人公が

「私は何を教えればいいでしょう」と校長先生に聞いた時

「音楽です。あの子らの心の中に 音楽を鳴らしてほしいのです」

(その音楽とは実際の音楽ではなくもっと広義の意味での音楽……人間らしい心のこと)


そして先輩教師の言葉がとても強烈で

「生まれながらに耳の聞こえない子どもというのは 単に言葉を知らないのではない

この世界に言葉があるという事を知らないのです。」

音のない世界がどんなものなのか、自分の想像をはるかにこえる世界であり

耳の聞こえない人の心をどうやって豊かにするのだろう、と思いました。


ところでその昔、手話は禁止されていた時期がありました。

私も何で読んだか見たか忘れましたが、それは知っていました。

現代では障害者基本法で「手話もひとつの言語」として明記されています。

でも長い間、手話を禁じて話者の唇の動きを読んで言葉を理解する口話法が主流の時代がありました。

この漫画でもその歴史に触れており

主人公の高橋先生は聾唖者の心の教育を守るために手話教育を守り抜きました。

手話は聾唖者にとって言葉であり心。

子ども達の心に音楽を鳴らすには手話はどうしても必要でした。


口話法については私はあまり知りませんでしたが漫画を読むことで

聞こえる親が聞こえない子を育てる、なんとか子を健常者に近づけたいという思いが

口話法を推し進めたのかもしれないし

主人公の高橋先生はどちらか一方にするのではなく

適正教育(口話法に向く人には口話法を、手話法が向く人には手話法を)を主張しました。

私は聾唖教育についてよく分かりませんが、それが一番いいと思いました。

聾唖教育の歴史を知ることもできて勉強になりました。

図書館にこの漫画があってよかった~。

2026年10月8日木曜日

聴覚障害のある医師のドキュメンタリー 音のない世界でどう診る? 新型コロナ…「マスクだらけは困ります」

一緒に勉強した仲間から教えてもらった動画。耳の聞こえづらい医師のお話。

この動画の締めくくりの言葉。「境遇を選ぶことはできないが 生き方を選ぶことはできる」

2026年9月26日土曜日

福祉専門職ワークショップ 冒険の書 タイプ診断

今日の研修で講師の方が最初に「やってみましょう」と。

私はメインが僧侶でサブが武闘家でした。

最初に「武闘家」と聞いて戦闘する怖い人をイメージしたら、全然違った(笑)

2026年9月18日金曜日

人生の大事な時に会う人

小学校のPTA役員時代に知り合ったママ友と久しぶりに会っておしゃべり。

彼女の人生の節目に何故かご縁がある私。

今度も春から精神保健福祉士を目指して学生になる予定だということで

春に社会福祉士の資格を取った私と詳しい話をしよう、ということになりました。


社会福祉士と保健福祉士は専門科目はそれぞれ違うけれど共通科目は一緒なので

いろいろと話が合うことも多いのです。

まさかこんな身近に精神保健福祉士を目指す人がいるなんて!!

どちらもマイナーな資格なので、語り合える人がいるのは本当にありがたい。

ということでお互いに、どうして福祉の勉強をしようと思ったのかおしゃべり。

福祉の話ができる人が増えるのが私もとても嬉しい。これからが楽しみです。

2026年9月16日水曜日

映画 時には懺悔を

気になっていたので観てきました。


平日の午前中の上映なので私の他にお客さんはあまりいませんでしたが
涙を流して観ていたのは多分、私だけだったかも😿。
私だったらどうする?あの登場人物だったら?この登場人物だったら?

「月」の映画を観たときに感じたことの答えをいまだに私は見つけていない。
多分、今度の映画もそう。
でもきっとずっと自分の心の中で答えを考えて、探し続けることが大事なんだろうなと思う。


過去のブログより「月」の映画を観た時のヴィヴィアン佐藤さんと他の観客の方の言葉と
私の感想。

映像に映っていること、それだけが全てではない。それだけが真実ではない。
迫真の演技であればある程、真実味を帯びている。
映画に出てくる登場人物は映画を観ている人一人ひとり、誰にもなりえる、鏡像になっている。
どう自分の言葉で考えていけるか、(映画を)その材料にして欲しい。

~略~

上映終了後のヴィヴィアン佐藤さんのトークと、一緒に上映を観た方が感想を発表していて
あくまでも物語であって、それが全てではない、というヴィヴィアン佐藤さんの言葉から
考える事自体、めんどくさい。考えることを他人にゆだねてしまっている。
社会全体がそんな流れになってしまっているけれど
この映画は物語であって、それがすべてではない。そこから考えることが大事。
という言葉が心に残りました。
確かに、私も考えることがめんどくさいと思って他人に考えをゆだねているかも。
安野光雅さんの「考えを誰かに託してしまっている」話を思い出しました。

2026年8月24日月曜日

わたしたちの自己点検 ~強みを活かす視点を身に付けよう~

今日、参加した勉強会。最後まで話を聴きたかったなぁ。

仕事の都合で途中で退席してしまったのだけれどすごくよかった。
スクーリングでグループワークしたことを思い出すような内容だった。

1つのケースについていろんな視点から検討するって大事だと思う。
「あ、そういう見方もできるか」と
自分が思いつかない方向からアプローチする人もいて勉強になるから。
よく見返してみたら
と書いてあった。あれから何年も経っているのに、全然ダメだな、私。(苦笑)


どうしてもその人の困っていることや課題にフォーカスしがちだけれど
その人の強みにフォーカスをして
その人が「これからどうなったらいいか」という希望を聴きだして
一緒に希望に向かっていけるように取り組んでいけるようにする。
そういう人がいるだけでもとても心強いのだと
(途中退席してしまいましたが)そういったお話を聴くことができた。

この方の講演会が、また近場で開催されたときは参加したいな。

2026年8月21日金曜日

信田さよ子×松本俊彦 トークイベント

信田さよ子×松本俊彦「わたしたちは今、アディクションの時代を生きている」『溺れながら生きる 依存とケアのあいだで』(文藝春秋)刊行記念 

面白くて冒頭から声を出して何度も笑ってしまって

主人には「依存症の話」と説明してあったから

私がなんでそんなに笑っているんだろうって不思議だっただろうなぁ。


とにかくお二人ともいろんな本を読んでいてびっくり。

最後の質問にもあったけど、本を読む時間をどうやって捻出しているんだろう?

読みたい本をどうやって選ぶか、どうやって読んでいるか、そんな話もでたし

(本屋さんがあるってホントいいなぁ)

積読の話も。(私は図書館で借りて読む派だけど、我が家には積読家がいるから)

バランス感覚って大事っていうのもすごく「あ、そうか」って思ったり。

難解な文章に憧れるけれど、読みやすいってやっぱりいいよ、っていう話には共感したり。

それから専門に詳しいこともいいけど、幅広いことに精通しているのもいいな、とか。

それから世代交代の話とか。日々臨床の現場にいる人だからこその話は貴重だな、と思った。

それからコロナの時のステイホームのこと。

何をどう考えるかだけど、そういう見方もあったのか、と思った。


アーカイブ配信もあるので期限が来るまで何度か聴こうと思う。

2026年8月10日月曜日

お話し会での気づき

今日は仕事であるお宅へ訪問した。

今まではメッセージでのやり取りが主で実際に会って話を伺うのは初めて。

それまで「どうしてこの方はこんなに……」と思うことがあったのだけれど

昨日のお話し会で聴いたことを思い出してようやくいろんなことがつながった。

お話し会に参加する前よりは

少しは相手の方の心の痛みに近づけたのではないのかな。


こういう時どんな言葉かけをすれば相手を傷つけないだろうか、元気になってもらえるのだろうか。

昨日のお話し会の時に質問すればよかったけど、あの時は思いつかなくて。

女性スタッフも男性特有の生きづらさなど、男性学を知っておくことは大事だなと思った。

2026年7月31日金曜日

子ども家庭ソーシャルワーカーのお話し会

私が社会福祉士の資格を取得しようと思った最初のきっかけは

「子ども家庭ソーシャルワーカー」の認定試験を受けるのに必要な資格に

実務経験が2年ある社会福祉士であることが一番の近道であることが分かったから。

(受験には4つのルートがあるのだけれど

どの実務経験があるかによって受講しなければいけない研修が違う。

研修を沢山受けるとなると時間と費用もかさむ)


でも後々よく調べてみたら、受講しなければいけない研修の費用もそれなりにかかるので

(一番の近道ルートであっても費用は思っていたよりも高額で)正直どうしようかと思っていた。

実務経験も必要だし。(あー、そうなると私は何歳になるのだ?と思って)

それだけの時間とお金をかけたところで、どんなことが自分にできるのだろうかと思ったら

今のままでも十分じゃないかと思えてきて。


先日、子ども家庭ソーシャルワーカーの資格を取得した方から

この資格に興味がある人に向けたお話し会があって参加してみた。

子ども支援の目的は「子ども自身が自分の人生のハンドルを自分で握ること」

そのお手伝いをすることが子ども家庭ソーシャルワーカーである。

(ソーシャルワーカーが子どもを「変える」のではない、子ども自身が自分で「変わる」)

という話を聴いた。


やっぱりまだすぐにあきらめないでゆっくり実務経験を積んで

それからどうするか考えてもいいんじゃない?と思った。

2026年7月29日水曜日

本 ことばのヤングケアラー

仕事で関わっている子ども達の中には海外にルーツを持つ子もいるので気になって読んでみた。

親よりも子どもの方が現地の言葉を先に習得することは結構あると思う。
そうなると比較的早い段階から(例えば小学生など)親の代わりとなって様々な場面で
通訳とならざるを得ない。
たとえば病院で、行政手続きで。
まだ子どもだというのに、時には重要な内容を通訳しなければいけないし
自分が通訳した内容がもし違っていたら?
それがもしかしたら家族の運命を左右することになったら?
まだ子どもなのに、感情的な負荷をかなり背負うことになる。
一般に言われているヤングケアラーとはまた違うかもしれないけれど
精神的な面でのヤングケアラーだと思う。
こういうこともあるのか……と思った。

それから学校の話。文化の違い。親と学校の板挟みになる彼ら。
大学生との時に読んだ日系2世の話も思い出した。自分のアイデンティティ。
太平洋戦争時、どちらの国の人たちからも自分を否定された。
自分はどこの国の人なのだろうか……。両国の懸け橋となるべき人なのに。

困っているときに周りの人にどうして欲しかったか、そんなことも書かれていたし
だからこそ自分のような人たちのためにできることを、と
「共に暮らす」というNPO法人を立ち上げて活動している著者はすごいなと思う。

youtubeの再生リストには小学校の持ち物についての動画があるので
海外にルーツのある親御さんでお子さんを日本の学校に通わせたいという方には
こちらを参考にしてもらえるといいなと思う。

ことばのヤングケアラー

2026年7月23日木曜日

映画 急に具合が悪くなる

映画を観てきました。
映画の中で上演された演劇のセリフ、一つひとつから投げかけられる問いが
心の深い部分に残りました。
哲学者と医療人類学者で交わされた往復書簡がもとになっているということなので
原作も読んでみようと思います。

2026年7月21日火曜日

夜音(よわね)プロジェクト

Facebookでフォローしている志賀さん

いつも投稿を読んでもイマイチよく分からなかったことが

志賀さんの自己紹介を聞いてやっとどういうことを示唆しているのかがやっと理解できました。


一度引き受けると弱音を吐かせてもらえない社会であること

社会から暗に求められていることと、それに応えるように自然と演じている私たちのこと

社会的養護のこと

ママの役に立ちたいと思って取得した資格と今の仕事

本当に役に立っているのだろうかと自問したり

ラストで志賀さんに呼ばれて急遽お話ししてくださった高祖さんの話を聞いて

「ママがいい」の本を読んだときのことを思い出したり。

志賀さんのおっしゃるように志賀さんの体験はあくまでも一つの例であり

もちろんそれが全てのママにいえることではないとは思うけれど

頭がぐるんぐるんするお話会でした。参加できてよかった。

2026年7月13日月曜日

探求心を持つこと

先月参加したtoirarcの特別企画での話。

「探求心を持つ」ということはソーシャルワーカーだけでなく

他の職種についても言えることだなぁとこの前の潮風マルシェで思いました。

(個別相談に対応できるように私なりの準備をしました。

起業アテンダントも大きなくくりでいえば対人支援になるからつながっているのかな)


それまでは実際に当事者の方に質問されたり、お願いされたりしなければ

自分で「それってなんだったけ?」と思っても

それは「仕事にならない=お金にならない」から別にそのままでいいや、と

分からないこと、記憶にあるけど思い出せないことをそのままにしていました。


でもあの企画に参加してベテランソーシャルワーカーさんの「探求心を持つ」という話を

実際の体験談を交えながら聴いたことで

それが「実際に仕事の場で必要になるか」「お金になるかならないか」ということでははないんだな

自分の引き出しを増やすことが大事なんだな、と思いました。

探求心を持って自分の引き出しを沢山作っておけば

いつか誰かの役に立つし、何よりそれがやがて自分を助けてくれるなぁと。


私が大学生の時に父に言われた「富士山の裾野は広いんだよ」ということを思い出しました。

専門的なことだけ積み上げたら高いビルみたいになるけれど

富士山がどのビルよりもはるかに高いのは裾野が広いから。

専門以外のこと、いろんなことの上に積みあがっているからだよ。

だから無駄なことなんて何もないんだよ、と。


あの企画に参加してすごくよかったとしみじみ思います。

2026年6月25日木曜日

【PTA】ぷれジョブ活動のご紹介。障害を知り、関わり、支え合う大切さ。人に物を考えさせる貴重な存在とは。

この“ぷれジョブ”という活動がとても素晴らしい。
一朝一夕でできることでないと思うし
地元の人たちとの信用や信頼があるからできたこと。
そして試行錯誤しながら続けてきたから今があるんだろうなぁと。

それから人の意識についても考えさせられる。
大学で勉強していた頃のことを思い出した。

2026年6月21日日曜日

共同親権を取り扱った映画「五月の雨」

カリスマ先生のもとで一緒に勉強した方(なんと市内に仲間がいた!!)にお誘いいただいて

こちらの講演会へ。

共同親権を取り扱った映画「五月の雨」の上映の後に

女性弁護士から共同親権とはどういうものなのかについての説明を聞き

共同親権や映画を観て分からないことなども質問できる時間がありました。


映画はとにかくなんとも言えなかった~。

モヤモヤしたし、怖かったし、本当にこういうことで窮地に追いやられている人もいるんだな、と。

それからDVっていうと肉体的な暴力のイメージがあったのだけれど

精神的な暴力(精神的な支配や相手を言葉や態度で威圧することなど)もDVに含まれるんだな

ということにも映画を観て気づかされました。

共同親権についての民法改正については、男性目線での立法にやるせない気持ちになったり

だから女性議員を増やさないといけないのか、と思ったり。


そして今回は実際に弁護士から詳しい話が聴けたのがよかった。

共同親権についてはなんとなく聞いてはいたものの、ちゃんと理解していなかったので

具体的にどういうものなのかを説明してもらえたし

映画ではこうだったけど、実際はこうすることもできる、という話を聞いて少し安心したり

民法が改正になったけれど裁判所も慎重に考えて運用している、という話など。


離婚をするときなど相手の言いなりになる、分からなくて泣き寝入りしてしまう

(困ったな、でもどうしようもできないから自分が我慢する)のではなく

専門家(弁護士など)を頼ることが大事だということも非常に感じました。


この歳になっても知らないことが沢山で、こうやって誘ってもらってホントによかった~。

彼女はホントに勉強熱心ですごい方です。身近にこういう先輩がいてありがたい。

会場にも興味関心を持つ女性が大勢いらっしゃっていましたが

もっといろんな人に共同親権のことを知ってもらって考えてもらいたいと思いました。

2026年6月14日日曜日

toirarc特別企画(ソーシャルワーカーさん編)

昨日参加したおしゃべり会。社会福祉士と社会福祉士の勉強をしている学生さんが参加しました。

いろんな話が出ましたが「問題解決をしない支援」ということに参加者の注目が集まりました。
クライエントが話すだけでいい。一緒に考えていく。
私はスクーリングの時に聞いた先生の話を思い出しました。
問題を解決するのはクライエントであってソーシャルワーカーではないこと。
ただ話を聞いて共感してもらうだけでいい、そういうことだってある。

それから4月に参加したオープンダイアローグの勉強会のことも。
とにかく「聴く」ことに徹する。心を無にして話を聞く。
どんな支援の手段があるかなんて考えない。
そうしないと自分の描く支援方法にクライエントを誘導してしまうから。

読み終わったばかりの本にも書いてあった「答えはクライエントの中にある」ということ。
その人の中にある、まだ言語化されていないモヤモヤを聞き出す。
登り口はいろいろあるかもしれないけれど、頂点は一つだということなのかなぁ。

「支援を求めていない人への支援」の話はこれからも考えていきたいと思いました。

それから「探求心を持ち続ける」という話。
気になったことがあったら、ひとつのところからどんどん調べる。引き出しを自分で沢山つくる。
知らないより知っていたほうが支援の幅が広がる。
それが必要になるかならないかは分からないけれど、まずは引き出しを増やすことが大事だなぁと。

でも矛盾するようではあるけれど
引き出しが多くなれば多くなるほど気をつけなければいけないこともある。
クライエントに先回りして
エスパー(求められていないのに勝手にやってしまう)になってはいけないということ。
時と場合によるけれど、支援しない支援も必要である。

最後のLISAさんの話がまたよかった。
ただ話を聞いてもらうだけでいい。相手は変わることも求めていない。解決も望んでない。
一緒に子どものことを思うだけ。つながっていることだけでいい。
何もしていないように思えるけど、それだけで“寄り添う”ということになっているのではないか。

まるで支援とは思えないようなスタイルが、実は支援になっているような、そんな話に
どういう状況であれ、やっぱり支援する側される側という上下関係ではなく
解決を求めない、ただ聞いてもらうだけ、共感してもらうだけの女同士のおしゃべりのような
横並びの関係が人はとっても心地いいんだろうな
それが“問題解決をしない支援”なんだなと思ったおしゃべり会でした。