2026年10月26日月曜日

時空散走2026秋 まちあるき

昨日の時空散走は雨が降ってくるかもしれないことを考慮して
前日のうちに自転車は使わずにまちあるきバージョンにすることに決定し
事務局から参加者へ連絡してもらいました。
当初9名の予定が6名になってしまったけれど、まちあるきするにはちょうどいい人数でした。


時空散走のツアーの内容はどうやって決めるのかというと
私の場合はまず一番行きたいところを決めて、そこから肉付けしていくパターン。
今回は最近紹介していなかった「常磐コールシスターズ」を紹介したいと思って
コールシスターズならフラガールやハワイアンズつながりでツアーを組み立てようと思いました。
(常磐コールシスターズは常磐炭鉱で働いていた人の娘さんたちで結成された野球チームで
コールシスターズの成功があったから
フラガールへとその手法が受け継がれたのではないかといわれている)

常磐地区でスパリゾートハワイアンズ(旧 常磐ハワイアンセンター)やフラガールにゆかりのある
人・モノをめぐる2026・秋ツアーは温泉神社の下からスタート。

まず最初に向かったのは、しら石と三函座跡。
その昔、湯本には沢山の映画館がありました。
その中のひとつに三函座という映画館があり
映画館のお客さんにお茶やお菓子を提供する喫茶店として映画館のそばにしら石がオープン。
喫茶店で提供されていたお菓子が評判で
映画館の売店や近くの温泉旅館などでも販売されるようになり和菓子屋へ。
昭和50年代、ハワイアンセンターから委託されて「フラガールまんじゅう」を作っていたそうで
最近、そのフラガールまんじゅうを復活させようとクラウドファンディングに挑戦し
出来上がったのが「フラまん」です。
ミルク餡とパイナップル味の2種類があり、フラまんを購入してお店を後にしました。

三函座跡では在りし日の映画館の写真を見ながらおしゃべり。
参加者から三函座解体時の写真を見せていただいて
映画館の内部がどんなだったのかちょっとだけ知ることができました。


ツアーで紹介するポイントではなかったものの
私が気になっている建物を紹介することができました。
これも自転車じゃなくてまちあるきだからできたこと。


今はもう使われていないのだけれど、温泉街らしいお店が並んでいた場所。
ここも予定にはなかったけどちょこっと寄り道。


自転車ツアーの時も気になりつつも紹介できなかった焼き鳥屋さんに
フラっとみんなで立ち寄ってみる。


鶏の出汁がよくでているスープをごちそうになり、店主と立ち話。
このスープ、シンプルなのにすごく美味しい。焼き鳥を購入するお客さんに提供しているそうです。


震災まではお隣に店舗を構えて営業していて、その時に使っていた看板。
震災で建物がダメになってしまって取り壊してしまったそう。今はプレハブで営業しています。
他にも常磐地区には焼き鳥屋さんがあったんだよ、という話などをしていたら
急に「おにぎり食べる?」と言われ「ちょうど6個、いただいたおにぎりがあるから」と
おにぎりをお土産にいただいて帰りました。
店主との温かいやり取りに「まちあるきもいいなぁ」と思いました。

湯本の裏通りの道を歩きながら、ちょっと明るいニュースが飛び込んできたので
湯本の町がちょっとでも元気になるといいなぁという話をしながらぶらぶらまちあるき。
八仙の立体橋の下で、この立体橋がドラマのロケ地になったり
コスプレさんの撮影場所になったりしていることや
昔からある製餡所のこと
今は戸建てが並ぶ場所には昔、スーパー藤越があったことや
藤越ともう一つのスーパーが立地争いが繰り広げた話などに花が咲きました。

そして常磐地区でハワイアンセンターにゆかりのある人といえば黒カレーの石井シェフ。
今は別のテナントになってしまいましたが
石井シェフのお店 レストラン ヤスヒロがあった建物の前でちょっと話をしてから
みゆきの湯跡地へ。


解体途中のみゆきの湯。ある意味、この姿もとってもレアです。
ネットにあった駅前の再開発後の姿をみんなで見ながらおしゃべり。


そしてそのまま、みゆきの湯の向かい側のビルの2階にある舞花の紹介へ。
ここはフラガール1期生のお店です。
夏になるとこの辺りでじゃんがらの音が聞こえる、という話をしたら
ビルの3階でじゃんがらの練習をしているんだと参加者の方が話してくれました。
舞花のママを中心としたじゃんがらチームがあるそうです。


続いてその場所から市営天王崎アパートの話を。
ここも取り壊されて今はもうないので、能町みね子さんのInstagramの写真を見ながら。
市営住宅なのに一階にはテナントが入っているし
建物の形なども先進的でその当時はとっても話題になったのだとか。

そしてその天王崎アパートの一階には新柳菓子店というお土産屋さんがあり
そこで販売されていたパイナップル最中は
常磐ハワイアンセンターオープン当初からお土産として販売されていた話も紹介しました。
パッケージや包装紙がかわいいね、という声もあがりました。
震災で閉業を余儀なくされてしまって今はもう食べることはできないのが残念です。


まちあるきなので当初予定していた浅貝球場跡地前で「常磐コールシスターズ」の話をする
というのは今回は省略しようかなと考えていたのですが(ちょっと場所的に離れているため)
今回6名の参加者のうち、3名が湯本出身で一人が浅貝出身者だったので
参加者の方にガイドをお願いして急遽「ミニ浅貝ツアー」をしました。


浅貝は上浅貝と下浅貝があって、それは知っているけれど上浅貝と下浅貝の境目はどこ?
という素朴な疑問を解決すべく、浅貝地区へ車で移動しまちあるき。
参加者の昔話がとても盛り上がりました。
山の上に住んでいた人たちは昔からそこに住んでいたので
子どもも地域のおじいちゃんおばあちゃんたちとなかよしだし
方や、その下にできた新興住宅地に住んでいた人は他から移り住んだ人たちの子どもで
それぞれにカラーがあり、子どもたちなりの勢力図があって~という話や
山の上で秘密基地をつくって遊んでいた話も。
小学5年生の時に震災があって、それから外遊びについての親の考え方も一変しましたが
すごく楽しく豊かな幼少時代を過ごしたことが分かりました。
上の子ちゃんと同い年の参加者さん、同じ地区でも学区が変わると全然違うんだなぁと思いました。


そして今回のツアーで一番推したかった「常磐コールシスターズ」の話を浅貝球場跡地前で。
浅貝出身の参加者さんが通っていた中学校は浅貝球場跡地から見える場所にありました。


最後は古滝屋に移動しました。
古滝屋の6階にはいわきFCルームがあり、いわきFCを応援しています。
そしていわきFCともハワイアンズは繋がりがあります。
しら石のフラまんを食べながらいわきFCとハワイアンズの話を。

まずホームスタジアムの名称は命名権により「ハワイアンズスタジアムいわき」(通称ハワスタ)
それからスコアボード幕の女神と守り神の話はフラガールにつながりがあります。
詳しい話はこちら。 
スコアボード幕を作成した方よりご厚意でステッカーをいただいたので 参加者にお渡ししました。


いわきFCのサポーターが太鼓を使い、チャント(応援歌)でスタジアムを盛り上げています。
そのチャントの中で一斗缶が使われているのをご存じでしょうか?
いわきらしさを取り入れるために
ハワイアンズのタヒチアンダンスのリズムをたたいているのです。

実際にハワイアンズのポリネシアンショー
(ファイヤーナイフダンスやタヒチアンダンスの演奏・演目)では
タヒチの伝統的な打楽器「トエレ」の代わりに一斗缶や木をくりぬいた打楽器が使われていおり
実際に一斗缶を使って演奏している方を講師にお招きして手ほどきを受けたそうです。
昨日はその様子を参加者の方にも動画で見ていただきました。

このタヒチアンダンスやトエレという楽器は常磐ハワイアンセンターが誕生するのに欠かせない
とても大事なものなのです。

それから常磐ハワイアンセンターの誕生にまつわる話
実は候補地は現在の場所ともう一つあったこと、そこにまつわるドラマ
オープン当初あったナイアガラ露天風呂や金風呂、バナナ園の思い出
ハワイアンセンターの柱のない大きなドーム型の施設はダイヤモンドトラス工法といって
常磐火力発電所の貯炭場からヒントをもらって中村社長が設計したこと
中村社長の経営理念や思いなど
本で読んだことの中から私が感銘を受けたところを紹介しました。

また常磐地区でハワイアンセンターにゆかりのある人といえば黒カレーの石井シェフ。
石井シェフはハワイアンセンターの初代料理長を務めた方です。
自転車だったら橋本酒店によって石井シェフの話もする予定だったのですが
まちあるきになったので古滝屋で写真を見ながら
石井シェフの波乱万丈な人生をかいつまんで紹介しつつ
ハワイアンセンターオープン当時に提供されていたメニューなども振り返りました。
石井シェフのことももう少し詳しく時空散走で紹介できたらいいなぁ。


最後に番外編としてほるるの入り口に咲いているハイビスカスに似ている花について紹介しました。
石炭化石館を訪れた観光客や地元の人にハワイアンやフラの雰囲気を感じて欲しいと
花壇を14年間に渡り手入れされている方がいらっしゃると知ったのはつい最近でした。

この花壇を丁寧に手入れされている方やいわきFCのサポーターなど
中村社長の思いが静かにいろんな人の心に伝播していて
それもまた素敵なことだなぁと思いました。

今回、たまたま今年が常磐ハワイアンセンターが誕生して60周年
フラガールの映画が公開されて20年という節目の年だったこともあり
「じゃあハワイアンズやフラガール繋がりのツアーにしよう」と軽い気持ちで決めましたが
意外に調べたりまとめたりして結構大変でした。
でも近くにある施設なのに、その創業者の想いなど何も知らなくて
本を読んでとてもおもしろかったし、すごい方だったんだなということが分かって
今回調べたことやまとめたこと、そこから感銘を受けたことを
時空散走で参加者の方にお話しました。(みなさん、ご清聴ありがとうございました)
そしてそれは全部自分の財産になります。とっても貴重な経験になりました。
ありがとうございました。

2026年10月25日日曜日

支援は紙一重

昨日、耳だけ参加したお話会。この話を聴くのは今回が2回目。

同じ内容でも1回目と2回目では心に引っかかるポイントが違ったりして

また聴いてよかったなと思う。


弱音。支援者には話せない。でも仕事で一緒の同僚にはいろいろ話せる。

支援者からすると悲しいけど、分かる気もする。

小学校の母親委員だったときに参加した、年に一度の勉強会と同じだと思った。

初めて参加した私に

みんなバズセッションを楽しみに参加しているのだと先輩ママが教えてくれた。

とにかくママたちは話したい。子どもや家庭の愚痴を同じママという立場の人に話したい。

同じ学校のママ友だと人間関係が近すぎてその後に影響がありすぎるから話せない。

でも市の大会だと住むところも学校も遠い場所のママ達ばかりだから

子どもや家のことを愚痴ってもみんな誰も自分の家庭のことを実際に知っている人はいないし

その場限りで終わる。

あの頃はSNSもなかったし。だから愚痴を吐き出せる。


支援は支援者にそのつもりがなくても、時として暴力や支配になってしまうこともあるから

支援者には話せない、ということなのかな……。他の理由もなんとなく想像できる。


困っているママや子どもたちのお手伝いができたらいいな、と思って勉強してきたけれど

私はホントにお手伝いできているのだろうか、かえってお邪魔になっていないだろうか

そんなことを考えた。

2026年10月24日土曜日

コロコロ大学芋

さつまいもをいただいたのでこれを作ってみたら美味しかった!なのでまたこれを作る♪

2026年10月23日金曜日

トエレ

私が案内する時空散走の日が近づいてきました。まだ準備が終わってない~。
当日、話をする予定の資料を見返していると
「あ、この写真があった方が分かりやすいな」とか「これの動画はあるだろうか?」など
追加の資料が欲しくなってきます。

トエレもそのひとつ。トエレはタヒチアンダンスにはかかせない楽器の一つ。
現在、シティセールスのメインコンテンツとして「フラ」を取り上げていますが
じゃあどうしてフラダンスなのか、なぜ常磐ハワイアンセンターが生まれたのか
石炭が斜陽産業になり、雇用を守るために新しい産業を生み出さなければいけないとなった時に
なぜハワイをテーマにしたテーマパークをつくろうと思ったのか。
そこに至るまでのエピソードはあまり知られていません。(私も知らなかった)

温泉を利活用する予定はあったものの、メインのショーをどうするかは決まっていませんでした。
そのためレジャー施設の視察に、レジャー産業先進国のアメリカにヒントを求めて行きましたが
文化や考え方、感覚の違いもあって参考になるようなものは得られませんでした。
失意の中、急遽ハワイに寄って数日間休暇を取るように予定を変更しました。

そこで思いがけず出合ったのがフラダンスとタヒチアンダンス。
洗練された優華な踊りのフラダンスに
トエレ(木をくり抜いてつくった打楽器)のリズムに合わせて踊るタヒチアンダンス。
打楽器の素朴なリズムは故郷への追慕を感じさせ、踊りも人間本来の感情を素朴に表現している。
中村社長は特にタヒチの踊りに惹かれたようで「これならば日本の人たちの共感を得られるだろう」
と新しい施設で披露するショーのメインをフラとタヒチアンに決めたのだそうです。
大の盆踊りだったという中村社長は
盆踊りの太鼓とタヒチアンダンスのトエレにはどこか相通じるものがあると感じたのではないか
と社長の側にいた人が語っていました。

そして生まれた炭鉱労働者によるレジャー施設は
素人集団が一生懸命やっている、人の血が通った温かさ
洗練されてはいないが田舎くささや純朴さが大きな魅力となったそうです。
気取らずに普段着で楽しめる施設だったということでしょう。

もしあの時、予定を変更してハワイに行かなければ(当時、ハワイにくる日本人はほとんどいない)
そしてトエレを使ったタヒチアンダンスを見ることがなかったなら
常磐ハワイアンセンターは誕生しなかったかもしれません。

動画開始3分前後で登場するのがトエレです。

2026年10月22日木曜日

エア キャッチボール

今月から事業所内の異動で別の小規模保育園へ。

産休の先生のピンチヒッターで週に何度か長い時間、子ども達と過ごしています。

同じ事業所とはいえ、先月までお世話になっていた園とは施設のつくりも違うし

スタッフも子ども達も違う。ホントに全然別の園に来たような感じです。

メモ帳を見ながら、教えてもらった仕事を一つ一つこなしていて

やっと何とか慣れてきたかなと思います。


先月まで関わっていた子ども達とはそれぞれまた違った個性があっておもしろいです。

こちらの園には想像力がとても豊かな子がいます。

昨日はたまたまその子だけお迎えが遅くて一人でポツンとしていたので

二人でエア キャッチボールをしてみました。球があると想像して二人で投げ合い。

上から投げたり下から投げたり、後ろ向きで投げてみたり。

相手の球が強烈すぎて逃してしまったり。

実際の球はないのに、まるであるかのように二人でキャッチボール。気づいたら汗をかいてました。

想像力が豊かなこの子を見ていて

アフタフバーバンの忍者修行に連れて行ったらきっと想像の世界に入り込んで

ものすごく喜ぶだろうなぁと思いました。

2026年10月21日水曜日

カレーの味

母が泊りがけで出かけるから「お父さんのご飯、お願いね」と言われて

ちょっと長めの休憩時間に実家に行った。

実家の冷蔵庫をのぞいて何を作ろうか考え、家からお肉とカレルーを持ってくればカレーができる

と夕飯はカレーに決定。

さっき父と近所の定食屋さんでお昼ご飯にカレーを食べたばかりだけど、まぁいいか……。


仕事に戻る時間を気にしつつ

実家の台所なので使いたい器具がどこにあるのか分からないから探しながら作るので大変。

ジャガイモも大きめに切って鍋に放り込む。

できあがったカレーから我が家の夕飯用に少しいただいていく。


仕事が終わって実家に様子を見に来たら、一番下の妹も気を利かせて父に夕飯を届けてくれた。

のぞいてみると妹が作ってきたのもカレーだった。(笑)

夕飯はまだ食べていない私に「一緒に食べるか?」と父と妹がつくったカレーを頬張る。

妹のカレーは挽き肉カレー。私も挽き肉カレー大好き。(我が家の男子勢には不評だけど)

「このカレー、ちょっと辛いなぁ」と父。


私がつくったカレーは翌日に持ち越し。

翌日に実家に行くと父は私がつくったカレーを食べていて

「それぞれにカレーの味が違って面白いなぁ。

ジャガイモが溶けてもいいように大きめにジャガイモ切ったの?」と聞かれて

それは本当は時短のためだったけれど「そうだよ」と答える。


義母の作ったカレーは牛肉入りでジャガイモはほとんど溶けていて形がなくなっていたけど

あのカレーもおいしかったし

私たちが小さかった頃に母がつくってくれた挽き肉カレーも大好きだった。

使うカレールーも違うし、妹はカレーに蜂蜜を入れるし

だから家庭によってカレーの味ってみんな違う。

兄妹のそれぞれの家庭のカレーの食べ比べをしてもおもしろいかもしれない。

2026年10月20日火曜日

ちいかわ

ある日のおやつ。こんなところにもちいかわがいる~と驚いた。