先日、子育て地蔵のお祭りに行った時。
イベント会場のメインステージの左右に仏式と神式の祭壇(子育て地蔵のご祈祷と読経)があり
主人がびっくりしていました。
私も言われるまでは気がつきませんでしたが、主人は仕事柄すぐに「あれ」と思ったようです。
同じ会場に神主さんとお坊さんがいるなんて、あまり普段は見ない光景です。
帰り道「勿来地区のお葬式は神式なんだよね」と主人が思い出したように言ったので
私は植田の時空散走に参加したときに聞いた
「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)※」のことを思い出しました。
(※明治新政府ができたときに神道国教政策によって寺社仏閣が壊された。
泉藩は特に徹底して行われ、その後寺院が復活しなかったためお寺が少ない)
私一人で行ったらきっと祭壇が2種類あることについて気にも留めませんでしたが
自分以外の人と行くことで意外な発見があって面白いなと思いました。
(いつもは一人でフラっと出かけることが多いから)
どうして神式と仏式と両方の供養がされているのか本当のところは聞かないと分からないけれど
廃仏毀釈の歴史も関係しているのかな、なんて思って
こんなところで時空散走で仕入れた知識が活きるとは~と思いました。
地域の歴史って面白いですね。
