2014年10月7日火曜日

「はじめての児に」 吉野 弘

お前がうまれて間もない日。

禿鷹のように
その人たちはやってきて
黒い皮鞄のふたを
あけたりしめたりした。

生命保険の勧誘員だった。

(ずいぶん お耳が早い)
私が驚いてみせると
その人たちは笑って答えた。
〈匂いが届きますから〉

顔の貌(かたち)さえさだまらぬ
やわらかなお前の身体の
どこに
私は小さな死を
わけあたえたのだろう。

もうかんばしい匂いを
ただよはせていた というではないか。
          

詩集『消息』より

0 件のコメント:

コメントを投稿