2020年2月11日火曜日

子を思う親の心は日の光 みんゆう随想29

先日、急に亡き義母のことを思い出しました。義母と一緒に義兄の部屋の片付けに行ったときのことです。独身の義兄は主人の実家と同じマンションの別棟に住んでいます。東日本大震災の後、私の両親、兄妹とその家族が少しの間、義兄の部屋を借りて生活していました。私たちがいわきに戻ってからもまたいつ避難してもいいようにと義兄の部屋には私たちの生活用品が少し置いてありました。(411日の余震の後は子ども達と妹と双子の甥を連れて義兄の部屋に数日間避難しました)その後、もう避難することはないだろうと判断したので、義兄の部屋にある荷物を処分しに行ったのでした。
 義母と二人でいろんな話をしながら片付けをしていましたが、その時に義母が言ったほんのちょっとしたひと言に、義兄に対する深い愛情を感じました。そして成人した後も義母に心配してもらっている義兄を羨ましく思いました。どうしてそんなことを急に思い出したんだろう?と考えたらもうすぐ義母の命日だったことに気が付きました。もう5年が経ちます。
 そんな話を友人にしたところ、「私もいなくなっても思い出してもらえる人になれると良いな~」と言われました。彼女は私より半年早くに実母を見送りました。
 義母が亡くなった翌年に母方の祖父も亡くなりました。ある時、母が沢山もらったブリを祖父母宅にお裾分けに行った時、祖父が母に「ブリ大根の作り方を知っているか?」とわざわざ母にレシピを持たせたそうです。母は「私だってもう孫がいる歳なのにね。心配しなくてもブリ大根だってちゃんと作れるのに、やっぱり親は子どもが何歳になっても気になるんだね」と笑っていました。  
 そして私の話。私は着るものに無頓着です。何でも子どものもの優先で親のものは後回しになってしまうということを母も分かっているのでしょう。母は買い物に行ったときに衣料品コーナーをのぞいては、気に入ったものがあると買ってきて他の兄妹には内緒で私にそっと渡してくれます。その度に私は母に心配掛けないようにしなきゃと思います。  
   親はいつまでも子どものことを心配しながら歳をとってゆくのでしょう。きっと多分、私もそうなるのかな。

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