ただ歩く。手に何ももたない。急がない。気に入った曲がり角がきたら、すっと曲がる。曲がり角を曲がると、道のさきの風景がくるりと変わる。くねくねとつづいてゆく細い道もあれば、思いがけない下り坂で膝がわらいだすこともある。広い道にでると、空がゆっくりとこちらにひろがってくる。どの道も、一つ一つの道が、それぞれにちがう。
街にかくされた、みえないあみだ籤の折り目をするするとひろげてゆくように、曲がり角をいくつも曲がって、どこかへゆくためにでなく、歩くことたのしむために街を歩く。とても簡単なようなのだが、そうだろうか。どこかへ何かをしにゆくことはできても、歩くことをたのしむために歩くこと。それがなかなかできない。この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単なこと。
長田弘詩集「深呼吸の必要」より
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