2014年1月7日火曜日

こんな女性になりたいな

におうともなくにおう気持の女、どこかに花のにおいを、精神的に感じさせてくれるような女、消えぬがに心の一隅に、芳香を残してくれる女、どうしてそういう女がいないのだろうか。

奥野 信太郎

2014年1月6日月曜日

絵本 しゅくだい

私は子どもたちの通う学校に月に一度、絵本の読み聞かせに行くボランティアを 
しています。 
1年生のクラスに行きました。 

毎回、どんな絵本を読もうか、子どもたちの姿を想像しながら絵本を選ぶのが 
私にとっての楽しみです。 

今回は一年生なので 

「しゅくだい」 
いもとようこさんがかいたのですが、原案は小学校の先生によるもの。 
さすが、子どもの心の柔らかい部分を知っている!!と思いました。 

「おおきくなるっていうことは」 
翌週に就学時検診を控えていたので、もうすぐ進級する子どもたちに「進級 
おめでとう」と伝えたくて。 

「ふとんやまとんねる」 
寒い朝はお布団から出るのがつらいので、朝からこんなあり得ない、ファンタジーな 
世界に浸るのも幸せかと。 

「うんちっち」 
今年はうさぎ年。うさぎが主人公で、しかも「うんちっち」しか言わない彼を 
オオカミが食べちゃうんだけど・・・・って話。 

「泣いた赤鬼」 
節分なので、鬼の本。 

「まゆとおに」 
やまんばの娘が鬼と仲良くなる楽しい話。 

「うみにしずんだおに」 
読んでいる方が泣いちゃいそうな鬼の話。 


と、まあたくさん選んだものの、結局、「しゅくだい」を読みました。 

主人公のおうちは赤ちゃんが生まれたばかり。 
今日のしゅくだいはなんと「だっこ」。 
いつもは赤ちゃんのお世話をしているお母さんもよろこんで 
主人公のしゅくだいをお手伝いしてくれました。 
おばあちゃんやお父さんもしゅくだいをしてくれました。 

次の日に学校へ行ったら、みーんな満ち足りた顔をしていました。 

というお話でした。 


その本を読んだ小3の次女も「私もしゅくだい、してほしい」と抱きついて 
きました。 
それから毎日、私に抱きついたり主人に抱きついたりしてしゅくだいをして 
います。 

最近、「お子さんを抱っこしていますか?」という内容の本を読んだばかりで 
普段だったらもう3年生なのに、なんて思っちゃいますが「いいよ、いいよ」 
と抱っこしています。 

1年生のクラスで「しゅくだい」を読んだときに、お父さんがむぎゅーって 
痛いくらいに主人公を抱っこするシーンで「ああ、わかるわかる」って 
すごくうなずいている子どもがたくさんいました。 

お子さんをいっぱい抱っこしていますか?

2014年1月5日日曜日

「ゆずり葉」 河井 酔茗

子供たちよ。 
これはゆずり葉の木です。 
このゆずり葉は 
新しい葉が出来ると 
入り代わって古い葉が落ちてしまうのです。 

こんなに厚い葉 
こんなに大きい葉でも 
新しい葉が出来ると無造作に落ちる 
新しい葉にいのちをゆずってー 

子供たちよ 
お前たちは何をほしがらないでも 
すべてのものがお前たちにゆずられるのです 
太陽のめぐるかぎり 
ゆずられるものは絶えません。 

かがやける大都会も 
そっくりお前たちがゆずり受けるのです。 
読みきれないほどの書物も 
幸福なる子供たちよ 
お前たちの手はまだ小さいけれどー。 

世のお父さん,お母さんたちは 
何一つ持ってゆかない。 
みんなお前たちにゆずってゆくために 
いのちあるもの,よいもの,美しいものを, 
一生懸命に造っています。 

今,お前たちは気が付かないけれど 
ひとりでにいのちは延びる。 
鳥のようにうたい,花のように笑っている間に 
気が付いてきます。 

そしたら子供たちよ。 
もう一度ゆずり葉の木の下に立って 
ゆずり葉を見るときが来るでしょう。

2014年1月4日土曜日

片眼のサル

私の父が昔、みんなと同じようにしたいと言う私と兄にこんな話をしてくれました。  

片眼の猿しかいない猿山がありました。そこに一匹、両眼が開いている猿がやってきました。
片眼の猿達は両眼の猿を見ていいました。「おまえはヘンだ!!」と。 そこで父は私たちに 
言うのです。「本当にヘンなのはどっちだい?」って。「お前だったらどうする? たとえ間違って
いると思っていても、みんなと同じようにするために片眼をつぶすか?」と。 

2014年1月3日金曜日

大きい十円玉

以前読んだ本で感動したお話。

養護学校の子だっただろうか、「10円玉、50円玉、100円玉、500円玉どれが大きいか?」と聞くと、どんなに教えても「10円玉」という。
「どうして?」と聞くと「10円玉は電話ができるお金。10円玉でお母さんの声が聞けるの。」と答えた。

2014年1月2日木曜日

二匹のオオカミ

素敵なメルマガを届けてくれる「成功する育児」のイケメンなるせパパ 

http://www.esc-japan.com/

からこんな話が届きました。 

ちょっとじーんときたのでこちらで紹介させてくださいね。 



ネイティブ・アメリカンの教えの中に 

ニ匹のオオカミというお話があります。 





ひとりのチェロキー族の老人が、 
孫たちを集めて、 
人生について、次のように教えます。 


人間の心のなかには、 
ニ匹のオオカミが住みついている。 


その二匹のオオカミが、 
このわしのなかでもつねに悲惨な闘いを、 
くりひろげているのだ。 


一匹は、悪いオオカミでな。 

それは、 

恐れであり、 
怒りであり、 
ねたみであり、 
嘆きであり、 
後悔であり、 
強欲であり、 
ごう慢であり、 
自己憐憫であり、 
あやまちであり、 
敵意であり、 
劣等感であり、 
嘘であり、 
うぬぼれであり、 
自尊心であり、 
競争心であり、 
優越感であり、 
そして、エゴのことだ。 





もう一匹の方は、よいオオカミで、 

それは、 

よろこびであり、 
平和であり、 
愛であり、 
希望であり、 
分けあいであり、 
おだやかさであり、 
謙遜であり、 
優しさであり、 
思いやりであり、 
慈悲の心であり、 
友情であり、 
共感であり、 
寛大で広い心であり、 
真理であり、 
哀れみであり、 
そして、信頼だ。 



わしのなかで 
この二匹のオオカミがたえず争いあっているように、 

おまえたちのなかでも、 
おなじ二匹のオオカミの闘いが起きている。 

それはまた、すべてのひとたちの心のなかでも 
起こっていることなんだ」 




孫たちはしばしだまったまま、 
言葉の意味を考えていた。 




やがて子どものひとりが老人にたずねた。 



「それで、どちらのオオカミが勝つのですか?」 




老人は答えた。 




「それはおまえが餌を与えるオオカミの方さ」 






どうですか? 

なかなか面白いお話だと思いませんか?(^^) 





人は何に触れているかで 

その生き方の方向性が決められていくと思います。 





怒りや不安や憎しみに触れていれば 

自然と戦いの人生を選択していくでしょうし 





信頼や慈悲と愛情に包まれていれば 

与えて包み込んでいく人生になっていくでしょう。 





自分が何を育てるのかを決める材料になるのは 

生まれ育った家庭環境や 

両親の生きる姿に左右されると思います。 






怒りや不安で憎しみ戦うオオカミ 


慈悲や信頼と愛情で包み込むオオカミ 


どちらに餌をやりどちらを育てるのかは自分次第 





あなたはいまどちらのオオカミを育てているでしょうか? 

そしてお子さんのどちらの部分を伸ばしてあげたいですか? 

2014年1月1日水曜日

美味しいよ

元旦、お餅を焼こうとストーブのある義母の部屋に入って何気なく本棚を見たら
「心に残るとっておきの話」というタイトルの本を見つけました。
この手の本は好きなのです。 

お餅を焼きながら目次を見ていて私は「あっ」と声をあげました。 
「美味しいよ」。この話はもしかして、と思って夢中でその話を 読みました。
ああ、これだ、この本だ!! 

あと数ヶ月で結婚式というとき、
中学校で先生をしていた私はあるクラスに自習の監督として行きました。
生徒がプリントの問題を解いているシーンとしたクラスで、
私は教室の後ろにあった学級文庫 を何気なく見て、
その中の一冊を手に取り、ロッカーに寄りかかって読んでいました。 
感動する話が沢山で、いいなぁ、ジーンとするなぁ、と思いながら読んでいました。
そして「美味しいよ」の話になり、
私は自習する生徒の後ろで本を読みながら思わず泣いてしまいました。
(でも泣いたって分かっちゃったら恥ずかしいので必死に涙をふきましたが) 

「美味しいよ」の話はこうです。 
戦争が終わり、ご主人が抑留されていたシベリアから帰ってきます。 
翌日帰る、という連絡を受けて夫人は、駆けずり回って野菜を調達し、
この日のためにと蓄えておいたわずかな米と調味料でささやかな手料理を作り、
ご主人を迎えます。でもどんなに頑張ってもご主人の好きな酒だけは工面できず、
夫人はお銚子に白湯を入れて酌をします。
ご主人を騙しているような気がして顔を伏せた夫人にご主人はごくりと白湯を飲み
「美味しいよ」のひとこと。
はっと顔をあげるとご主人の目から涙が出ていて、
夫人の目からもとめどなく涙があふれ出た、というお話。 
ご主人は日本国内の生活物資が欠乏していることを日本に上陸した時に知っていて、杯の湯を口にしたときに、お酒を入手しようと頑張った夫人の気持ちや、
自分は食うや食わずで米や調味料を蓄えておいた思いやりを察したのでしょう、
短い言葉の中には夫人への思いやりと感動の気持ちが込められていた、
というものです。 

私はこの話を読んで、なんて素敵な夫婦なんだろう。
お互いがお互いを思いやって、ああ、いいなぁ、こんな夫婦になりたいなぁ、
と思いました。 

あれから13年。
不思議な縁でまたこの話が載っている本と再び出 会うことができ、
今、私の手元にあります。 
家族も3人増えました。子ども達もやがては大きくなって巣立って行くでしょう。 
また二人に戻ったら、こんな夫婦のように優しく寄り添って生きて行けたらいいな、
と思った元旦の出来事でした。