森の大きな樹の後ろには、
過ぎた年月が隠れている。
日の光と雨の滴でできた
一日が永遠のように隠れている。
森を抜けてきた風が、
大きな樹の老いた幹のまわりを
一廻りして、また駆けだしていった。
どんな惨劇だろうと、
森のなかでは、すべては
さりげない出来事なのだ。
森の大きな樹の後ろには、
すごくきれいな沈黙が隠れている。
みどりいろの微笑が隠れている。
音のない音楽が隠れている。
ことばのない物語が隠れている。
きみはもう子どもではない。
しかし、大きな樹の後ろには、
いまでも子どものきみが隠れている。
ノスリが一羽、音もなく舞い降りてくる。
大きな樹が枝の先にとまって、
ずっと、じっと、遠くの一点を見つめている。
森の大きな樹の後ろには、
影を深くする忘却が隠れている。
長田弘詩集「人はかって樹だった」より
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