2016年4月6日水曜日

弓矢

末っ子ちゃん、先日お友達と工作おじさんのところに行って弓矢を作ってきました。


ちゃんとビューンって飛ぶし、弓矢を構える姿もなかなか様になってカッコイイ。


末っ子ちゃんの弓矢セットを見たお友達が「僕たちも欲しい!!」というので
末っ子ちゃんとお友達2人をつれて工作おじさんのおうちへ。

末っ子ちゃんを見たおじさん「ああ、この前来た子だね~」
そしてお友達2人にも弓矢セットを作ってくれました。
大喜びの子ども達。
家に帰ってきてから3人で弓矢を飛ばして遊んでいました。

2016年4月5日火曜日

「風景 純銀もざいく」  山村暮鳥

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしやべり
いちめんのなのはな

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな


先日、川の近くを通ったら土手沿いに菜の花の黄色い道ができていて
それはそれはキレイでした。

末の子ちゃんが宿題でよく「いちめんのなのはな」と音読していたのを思い出しました。
まさに いちめんのなのはな でした。

2016年4月4日月曜日

お義母さん似だったんだ

片付けをしていたら主人の小さいころの写真が出てきて。
生まれたばかりのころか、義母に抱かれる赤ん坊とその隣には義父。
義母の若いころの顔を見てびっくり。
主人をかわいい女の子にしたような顔だったから。
「あなたってお義母さん似だったんだね!!」って言ったら
「えぇー、そう?」って言うけど間違いなくお義母さん似でした。

2016年4月3日日曜日

交換ノート

部屋を片付けていたら、結婚する前、主人と交換していたノートが出てきた。
私が一方的に、自分の身の回りで起こったことや気になったこと
考えたこと、読んだ本や雑誌で気に入った話などを書いて
主人がそれを読んで感想とかコメントを書き込んで。

電車に乗って1時間の距離。
私は学生だったけど主人は社会人だったし
そんなに頻繁に会えないからノートにいろんなことを書いては
2冊あるノートを会うたびに交換していた。

気になることをメモして書き留めてその後に文章に残す。
このころの私に今の私の原点があるような気がした。

今読んでもやっぱり気になる部分は当時私がマーカーで印をつけた部分

今でもこの「母の手紙」の話は思い出します

こんなのまで貼ってあったのには驚いた~
ノートは全部で8冊。
主人からもらった手紙もあった。4通。
私はもっと沢山、手紙を出したような気がするけど。

笑ったのは私の名前のところに バリトン って楽器のパート名が書いてあって。
知り合ったのは音楽隊がきっかけで、私はバリトンを吹いていて。
一人暮らしなんだからパート名書かなくたっていいのにね、って。

2016年4月2日土曜日

素敵ママLICOさん ママの毎日

独身の頃

ヒールの靴が好きだった
お酒は苦手だったけれど友達と過ごすお酒の場の楽しい雰囲気が好きだった

好きな音楽はミスチルでいつもウォークマンに入れて好きな時に聴いていた
電車の中でゆっくり本を読むのも好きだった

お風呂では半身浴をして
美容院には2ヶ月に1回は必ず行っていた

お化粧するのも好きだった
1人で行く映画館が好きだった

流行りの雑誌を買い
流行りの曲を聴き
流行りの服を着て
流行りの場所へ好きな時に出かけた。




そんな私は  今


泥だらけのスニーカーを履き

子どもたちの着替えやオムツが入った大きなバックを肩にかけ

ちゃんとした化粧もせずに

髪を一つにくくり

毎日
子どもたちの手を繋いで公園へ散歩に行っている。



聴く曲はミスチルからアンパンマンマーチに変わった。


眺めているのはファッション雑誌から
子どもの母子手帳や幼稚園からの手紙に変わった。


考えていることは
今日の夕飯のメニューと
長女が幼稚園から帰ってきたあとのおやつ、お風呂、夕飯の流れの確認。

今日の天気で洗濯物が乾くかどうかと
明日の長女の遠足が晴れるかどうか。

最近眠くなると激しくぐずる長男を昨日つい怒ってしまったから
今日は早く寝かせてあげよう。
今日は怒らないでおやすみをしよう。


そんなこと。





毎日  押し流されるように迫ってくる日常があるから

キレイに片付いた部屋も
大の字で朝まで眠れる夜も
ゆっくり塗れるマスカラも

なんだかもう思い出せない。



そう。


思い出せないから

私たちは  つい  忘れてしまうのだ。



この毎日が

ずっと続かないということを。






1人でゆっくりお風呂に入れるようになったら


湯船の中  あなたと向き合い数を数え

柔らかく響いたあなたの声を


私は思い出すのでしょう





1人で好きなだけ寝返りをうち眠れるようになったら


どこまで寝転がっても隣にいないあなたのぬくもりを

私は探すのでしょう




好きな音楽のCDを好きなだけかけられるようになったら


この部屋の中に溢れていたあなたの笑い声を思い出して

私は泣くのでしょう





好きなだけお化粧に時間をかけられるようになったら


私の洋服をひっぱり
膝の上によじ登り
私のやることなすことをお邪魔してくるあなたのその小さな手を思い出して

私は泣くのでしょう





好きなだけヒールが履けるようになったら


笑い転げるあなたを追いかけて走り回り
泥だらけになって遊んだあの空を思い出して

私は泣くのでしょう





自分とパパの洗濯物だけを回す日々が訪れたら


砂まみれの靴下も
おしっこを失敗したズボンも
牛乳をひっくり返したシャツも

洗濯カゴにないことを知って


私は泣くのでしょう




あなたの足音がしない部屋の掃除機をかける日が訪れたら


粉々になったビスケットの食べこぼしも
小さなおもちゃの部品も
あなたの細い柔らかい髪の毛も落ちていないことを知り


私は泣くのでしょう




1人で好きなことを
好きな時に
好きなだけ出来るようになったら


どんな時も「ママ」「ママ」と私を呼び

どんな時も私のことを探しているあなたの姿を思い出して


私は泣くのでしょう





一体いつまであるのかな


一体  いつまでここにいてくれるのかな




そして

そんなことを考えているうちに



また  今日も終わってしまった。






私たちの日常は「子どもが側にいる『今』」だから

子どもから離れて1人になれた瞬間が特別に感じて

好きなことを堪能できる喜びを噛み締めるけれど




でも  自分の人生を考えてみたら


特別なのは


本当は  子どもが側に生きているこの毎日の方。




でも  私たちはそれを忘れてしまう。



なんだか  ずっと続くような錯覚を起こして毎日を過ごしているけれど



大変に思えるこの毎日に

数えきれない  愛しい  が散りばめられていることを

私たちは  いつか知るのです。




子どもたちが  

この世に生まれてから今日まで

ママとパパのために
全身を力いっぱい使って思い出を撒き散らしてくれていたことに

私たちは  過ぎてから気付くのです。




ママの毎日は

ママでいられる毎日です。



私たちは  この命が尽きるまで

どんなに子どもと離れていても子どもを思い、心配し、愛し続ける  子どもたちの母親だけれど


でも  子どもたちの側で『ママ』でいられることの出来る日の

なんて短いことかを 


いつか思い知るのでしょう。





今日もあなたは 

屈託のない笑顔で振り向き

「ママ!」と言って

両手を広げて  こちらに飛び込んでくる。




忘れるものか。


絶対に。

絶対に。



あなたの前髪を切り過ぎて笑った昨日を。

あなたを怒って自分に涙が出た今日を。

あなたの寝相に笑った夜を。

あなたが摘んでくれたシロツメクサの白さを。


あなたに許された私を。

あなたがいてくれるこの毎日を。



私は  絶対に忘れない。

出典 子どもの心が穏やかに育つ魔法の育児法


ミスチルも好きだけど

Eテレの歌に感動することを知った


ヒールも好きだけど

スニーカーの安心感が好きになった





自分のことが一番大切だった


そんな私に

自分の命よりも大切だと思える存在がこの世にはあると教えてくれた子どもたちに





心から  感謝を。


出典 子どものこころが穏やかに育つ魔法の育児法 

2016年4月1日金曜日

絵本 たくさんのドア

今日から新年度。
新しい学校に、職場に通う子もいるでしょう。
そんなときに読みたい一冊。

たくさんのドア
 どこかで見たことがあると思ったら
「ちいさなあなたへ」の作者がかいた絵本でした。
子どもを愛する親の気持ちにあふれた一冊。


2016年3月31日木曜日

保護者代表挨拶

末っ子も無事に小学校を卒業しました。
最後ということで、保護者代表挨拶をさせていただきました。
このお話をいただいたときに「自分の言葉で書きたい」と思いました。
自信を持って書いたつもりが、主人に読ませたらやっぱりところどころ修正が……。
でも主人が手を加えてくれたおかげでかっこよくなったと思います。ちょっとくやしいけれど。
やっぱり二人でひとつなんだなぁと思いました。


卒業生の保護者を代表し、御礼のご挨拶を申し上げます。6年間の小学校修学過程を修了し、本日、卒業証書を授与されました。これもひとえに校長先生をはじめ諸先生方のあたたかいご指導、ご愛情の賜物と拝し、謹んで感謝申し上げます。

6年前の入学式。「小学校に入ったらこの子はやっていけるのだろうか」と、とにかく不安で、入学する子どもよりも心配しながら校門をくぐったことを覚えています。
学校生活が始まり、子どもの連絡帳を通して担任の先生とも交流することができました。先生のふとした言葉から「先生も自宅に戻れば子育てに悩む一人の親なのだ」と分かり、先生との心の距離がぐっと近くなりました。

そして忘れられないのは5年前の東日本大震災。本校も避難所になり、先生方も学校に泊まり込んで対応にあたられました。ガソリンも不足する中、学校に出勤し一人ひとりの子どもの家庭と連絡をとっていた先生方。そして原発事故。
学校が再開されても先生方のご苦労とご負担は減ることはなかったと思います。私も学校が再開されたとは言え、不安な気持ちで子ども達を送り出していました。そんな中、私の気持ちを察した担任の先生が、心配して私に声をかけて下さいました。先生と話をしていて「学校では先生が私たち親に代わり、子ども達のことを守ってくれているのだ」と分かりました。それからは私も安心して子どもを学校に送り出すことができました。
震災後の復旧とその後の復興で、子どもたちのために懸命にご尽力なさった先生方のお姿をとおし、今日卒業する子ども達にとって、他人様に対して優しい心で接するという大切なことを教えていただいたと改めて感じました。

そして沢山の保護者や地域の方々にも大変お世話になりました。今年度は教養委員の読み聞かせと広報委員の仕事を担当しました。3月は6年生、子どもたちにとっては小学校生活最後になる読み聞かせに行きました。今年度初めて読み聞かせの活動に参加したお母さんは「6年生の心に少しでも残るような読み聞かせがしたい」と本を何冊も図書館から借りてきて、どれにしようかと悩んでいました。6年生のためにこんなに考えてくれているのだ、と思うと頭が下がると思いでした。

また、広報委員として1年間PTAの活動をブログで紹介することで、ベルマーク作業や愛校奉仕作業、図書館の整理など保護者が「子ども達のために」という思いで懸命に作業にする姿を見ることができました。

また地域の方にも育てていただきました。私は駅前のパン店で働いていますが、仕事中、小学校の子ども達の話になることがあります。登下校中のことや近所での危険箇所、気になることなど「これは学校にも知らせておいた方がいい」と思うことがあるとすぐに私に知らせてくれます。それだけ毎日、地域の人は子ども達のことを見てくれているのだと思いました。

こうして振り返ると入学してから卒業するまで、本当に沢山のあたたかい目が子ども達を、そして時には私達保護者を見守り、育てて下さっていたのだと気づかされます。この学校で親子共に学ぶことができて本当によかったと思います。先生方、PTAの皆様、地域の皆様、ありがとうございました。