時空散走リサーチで父方の祖父の話を少しずつ父から聞いている。
祖父は父が中学生の頃に亡くなったので母も私たち兄妹も祖父のことはよく知らない。
私も話を聞いても忘れてしまうだろうから、おじいちゃんのことをここに残しておこうと思う。
おじいちゃんは最初は炭鉱で石炭を掘っていた。
行方知れずだったが感電したことで電報が山形の実家に届き、居場所が分かった。
(落盤ではなく感電だった)
きっちゃん(おじいちゃんの父親違いの弟)の話。
おじいちゃんは会うたびにいつも違う格好をしていたそうだ。
ボロを着ていたり、かと思えばきちんとした身なりをしていたり。
何をしていたのか、父もよくは分からないけれど樺太まで行ったことがあるらしく
多分、日本全国いろんなところに行っていたのではないか、という話だった。
出雲大社にも行ったことがあったみたいだったし。
おじいちゃんの話をしていて父が思い出したのは
東京に仕入れや商談に行った帰りにアルコールを沢山仕入れて帰ってきた話。
途中、いくつか検問があったらしいがそこでお酒を飲ませて見逃してもらっていたらしい。
おじいちゃんは酒飲みだったのか聞いたところ、おじいちゃんは酒は飲まなかった。
(甘いものは大好きだったみたいだけれど)
炭鉱の人はみんなお酒が好きだったので、炭鉱の人に飲ませるために仕入れてきたらしい。
戦争は行かなかったのか聞いてみた。
母方の祖父は衛生兵だった。
小学校の頃、社会の宿題で「戦争のことをお家の人に聞く」というのがあって
隣町に住む母方の祖父に何度か聞いてみたことはあるけれど話してくれることはなかった。
きっと大変な経験で思い出したり、口にするのもはばかられることだったのだろうと思う。
主人の父方の祖父も樺太に拘留されたりして大変だったと聞いた。
だから父方の祖父はどうだったのか聞いてみた。
赤紙は家の届いたらしいのだが、その頃は石炭の会社の経営に携わっており
祖父がいなくなってしまっては会社のことを分かる人がいなくなってしまう
軍需産業にも石炭を下ろしていたので、いないと困るということで延期になったようだ。
父方の祖父のお墓があるのは三宝寺。
もともとは織田家の家紋と同じものだったけれど、おじいちゃんが庵木瓜に変えてしまったらしい。
鶴岡の善宝寺にもゆかりがあるらしい。香炉を奉納したお寺かな?
「お寺には格があった」という話を思い出して
ということはおじいちゃんの実家は武家だったのかも?と思ったり。
主人の母方の祖父母の菩提寺にも行ったことがある。原爆ドームの近くだった。
お寺の名前を控えておけばよかったな。でも立派な人が眠るお寺だったのは覚えている。
主人の母方の実家は昔さむらいで、お殿様からいただいたという苗字がかっこよかった。
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