2013年12月31日火曜日

人を愛するということは

あなたの知らないところに
いろいろな人生がある
あなたの人生が
かけがえのないように
あなたの知らない人生も
また かけがえのない
人を愛するということは
知らない人生を知ることだ

灰谷健次郎


イベントのお手伝いを通して知り合った人が転勤することになり、もう会えないのかと思ったときに思いだした詩。
同じ世界にいても混じり合うことのなかった人生が、ふとしたきっかけで交流して私は彼らの人生を知ることができたし、ほんの少し、私の人生と彼らの人生が交わることができた。
もう会えることはないかもしれないけれど、これからは私の心の中に彼らの人生がちょこっと同居していると思うと、それはそれで幸せなことだと思った。

2013年12月30日月曜日

「遠くから見ると」 谷川俊太郎

驚いたことに遠くから見ると 
地球はちっとも疲れているように見えない 
まだ手遅れじゃないんじゃないか 
今のうちに人類が滅びさえすれば 
きっと地球は天命をまっとう出来る 

もし本当に地球が大切なら 
野牛やシロナガスクジラに譲ったほうがいい 
セイタカアワダチソウを茂るにまかせ 
砂漠を吹きすさぶ風にまかせ 
レミングを崖から身投げするにまかせる 

そうすれば地球は月のように冷たく美しく 
ゆっくりと滅びていけるだろう 
ぼくらは余計な世話を焼きすぎる 
自分たちの住む星を愛するあまり 
暖かい大気のねんねこで地球を甘やかす 

人間がひとりもいない地球を夢見ること 
むしろそれがすべての始まり 
そこに死を見るのは思い上がりだ 

木々の間にシマリスが跳ね回っているのに 

大空に禿鷹が舞っているのに 

2013年12月29日日曜日

子どもの心、親知らず

ある日の夜、妹がケーキを持って我が家に来ました。 
そして開口一番に「おめでとう!!」というので私達 
は「?」と思っていると、「夕刊見たよ!!書き初めで 
大賞と準大賞もらったんだね、すごいね」と言うの 
です。先月末に市内で行われた書き初め大会に 
長女と次女が参加し、長女が準大賞、次女が大賞 
をいただいたという記事が、カラーの写真つきで 
昨日の夕刊に掲載されていたというのです。それを 
見た妹が「これはお祝いだ!!」と仕事の帰りに、以前 
アルバイトをしていた市内でも有名なケーキ屋さんで 
ケーキを買ってきてくれました。 

夜、妹にメールで「子ども達が美味しい、美味しいと喜ん 
でケーキを食べていたこと、ケーキを買ってきてくれた 
こともそうだけれど一緒にお祝いしたいという気持ちが 
すごく嬉しかった」と伝えると、妹からすぐに返信がきま 
した。「頑張っている姿を見るとしっかりほめてあげたい 
私はなかなかお母さんにほめてもらえなくてずっと寂しか 
ったから、一緒に喜びたかったの」と返事がきました。 
私からすれば、あの妹からそんな言葉が出るとは思わ 
なかったのでまず驚きました。だって才色兼備で、なんでも 
できてすぐに誰とでも仲良くなるし、同じ親から生まれた 
のにね、って思うような妹で、その妹がそんなこと言うなら 
コンプレックスの塊のような私はどうなるの?!と思いました。 
私もいまだに自己肯定感という言葉ににこだわるのは、 
もっともっとほめられて、認められたかったのかもしれない 
と思うのです。 

それに本人の前ではそんなでもなかったのかもしれま 
せんが、母は私には妹をすごくほめていたし、認めていたし、 
うらやましいぐらいで、今だってそうなのに、でもそんなもの 
なのかなぁ、と思いました。以前、教育教材の会社だったか 
親と子へアンケートしたことがあって、その結果から 
親はいっぱい子どもをほめている、と思っているのに 
子どもの方はあんまりほめられている、と感じていない 
ということが分かりました。 
それを考えると、子ども達が欲しい言葉を、私は子ども 
の心が満たされるまで十分にかけているのだろうか、 
子どもの気持ちに私はどこまで共感しているのだろうか 
ただの自己満足で終わって、子どもの心に届いていない 
こともあるのではないか、私は子ども達と一緒に笑ったり 
泣いたり、怒ったりしているつもりだけれど・・・・・・・。 

私にとってはあまりにも衝撃的な出来事だったので 
今朝、子どもたちを学校へ送り出してから主人に 
その話をしたら「大丈夫、大丈夫、きっとみんな、分かって 
いるよ。それにみんなが親になったら、お母さんはあんなに 
いろんなこといっぱいさせてくれたって、分かるって。だから 
大丈夫だよ。」と言ってくれました。 
子育ては、自分は子どもの頃、こうして欲しかった、そん 
なことを振りかえりながら、自分の子どもの頃の欠けた 
部分を取り戻す作業も含んでいるのかもしれません。 
反対に、こうしてもらってよかった、と思えることは同じよう 
にしてあげたいと思います。 
だから子育ては自分育てなのかもしれません。 
私の子育ては迷いながら、自問自答の日々ですが、子ども達に 
「お父さんとお母さんのところに生まれてきてよかった」 
と言ってもらえるように頑張りたいと思いました。

2013年12月28日土曜日

赤い糸

うちはまさに赤い糸で結ばれている夫婦だと思います。
私の場合は高校から親元を離れて寮生活をしていたんですが
あの高校に行かなかったら、あの大学に行かなかったら
主人とは出会っていなかったわけだし
あの高校を選択したときから
主人と結婚することは決まっていたんじゃないかと思います。

主人は出会った頃は以心伝心のようなカップルが理想で
(まさに昔の古風な日本人ですね)
私は、そんなの長年連れ添った夫婦ならできるけれど
最初はなんでも思ったことは言葉にしなければ分からないよ、
と言葉にして伝えました。
主人も次第に私に影響されて
子どもの前でもすごくなかよしぶりをアピールしています。
それに、私はとにかく主人にいい言葉をいいます。
「今日は遊園地に行っていろんなお父さんがいっぱいいたけど
一番いい男だったよね。」とか
「ほんとに仕事ができる男だよねー。」とか。
だから主人も私のことを沢山ほめてくれます。
「いいお母さんだよね。」とか「お母さんが作る料理は最高だよね。」
とか「お母さんと結婚してよかったー!!」とか
主人の実家から帰ってきたら「親孝行ができたよ、ありがとう。」
そのほか、こっちが恥ずかしくなるようなことを沢山。
あるとき、妻帯者の集まりの時に
「生まれ変わっても今の奥さんと結婚したいか」という話になって
主人の前に答えた人はみんな
「次は違う人と結婚したい」と即答したのに対して
「また同じ人と結婚したい」と答えたと
帰ってきてから誇らしげに話してくれました。
我が家はいつもそんななので
主人が子どもたちに私を「いいお母さんだ」というのも
本当にさらりと出てくるんです。
うちは子ども達に残してあげられる形のあるものは何もありません。
でも、主人と私がとても仲がいいということは
子ども達に残してあげられる唯一のものだね、とよく話します。
もちろん、ケンカをしないわけではありません。
しょっしゅう、主人には叱られますし、主人を怒らせることもしばしばあります。
でも、主人と結婚してほんとによかったと
そして、主人と結婚したことで生まれた子どもたちにも出会えて
私は本当に幸せだと思います。


奥さんがご主人をすごく褒めたら
きっとご主人も奥さんを褒めるようになるんじゃないかなぁってそう思います。

2013年12月27日金曜日

人間は

人間は変わっていくものだということを知っていれば、かえってお互いの気持ちが一緒の時がとても貴重なんだと現在を大切にするでしょうし、よけい相手にやさしくしてあげようという気になると思いますね。

田辺 聖子

2013年12月26日木曜日

2013年12月25日水曜日

鈍感な人は

鈍感な人は、うれしいときも鈍感だと思うんですよ

田辺 聖子

2013年12月24日火曜日

うつくしいものを

うつくしいものを美しいと思えるあなたの心がうつくしい

相田 みつお

2013年12月23日月曜日

言語は人間行為である

絵そのものに美があるのではなく、それを見た人の心に初めて美が生まれる。

本がある。読む人がいなければそこに言葉はない。読む人がいて初めて言語行為が成立する。


2013年12月22日日曜日

絵本 花さき山

6年生のクラスに読み聞かせに行った。
最初に他のお母さんが「花さき山」の読み聞かせをした。
花さき山は高学年に読み聞かせするにはとってもオススメの絵本。
そして、私の好きな絵本。

他のお母さんが読んでいるのを聞きながらうっすら涙がこぼれてきて慌てて涙をふいた。
長女だった私もガマンしたことが多かったから、
小さい妹のために村祭りに着ていくよそゆきの着物をガマンした主人公に
昔の私を見ていたんだろう。
優しいことをすると花が咲く。
山姥が主人公の優しい心を肯定するのと同時に、
小さかった頃の自分を大きくなった自分が、「お前はいい子だ、優しい子だ」って
自分で自分を抱きしめていたんだろう。
でもね、本当は妹のためにガマンした私を、お母さんに抱きしめてもらいたかったんだと思う。

花さき山」は扉だったのかもしれない。
うっかり心の扉を開けてしまって、忘れていた思い出が一気によみがえってきた。


花さき山」を読み終えて私が絵本を読む番になったのだけれども
「絵本はね、子どもだけのものじゃないんだよ。絵本は大人にとっても心のクスリなんだよ。」
といいながら、ポロポロ涙がこぼれてしまった。

涙をハンカチでぬぐいながら、私が読もうと思って持ってきた「たいせつなきみ」を
子どもたちへ読み聞かせした。
「これから大きくなるときにきっと心が折れそうになることがあると思うけれど
そんな時、こんな絵本を読んでもらったな、って思い出して欲しい。」といいながら。

思わず涙をこぼしてしまった6年生最後の読み聞かせ。
子どもたちの心のどこかにひっかかっていてくれたら嬉しいな。


2013年12月21日土曜日

心を受け取る

 先日、子どもの通う音楽教室で小さな発表会があった。練習しなくても大丈夫なの?と心配する私をよそに最低限の練習しかしなかった下の子ちゃんはやっぱりそれなりの演奏しかできなくて、私の満足するような演奏ではなかった。私のがっかりする様子は多分、下の子ちゃんにも分かったと思う。

 発表会後のレッスン。発表会での様子を見ていた先生のひと言で私はハッとさせられた。「とにかく緊張しすぎていたし、スローテンポすぎたのは間違えないように慎重に慎重に弾いていたからだよね?来年はもっと早く仕上げられるようにしようね、そしたらもっと細かいところを練習できるから。」と。
 
 発表会の日、下の子ちゃんは私と主人のために一生懸命弾いたのに、間違えないで弾けたのに、私は不機嫌だった。子どもの一生懸命な気持ち、受け取っていなかった。そう思ったら心の中が一瞬、きゅんとした。

2013年12月20日金曜日

次女の誕生日

9月のはじめ、次女は6歳の誕生日を迎えました。ちょうど台風が私たちの住んでいる町を直撃して、幼稚園も小学校も臨時休校になりました。
その前の朝、以前近所に住んでいて、前の年、東京に引っ越していった人にメールを送りました。「明日は次女の誕生日なんだけど、台風だから雨の中、バースデーケーキを取りに行かないといけないの」と。
すると「宅配便送ったから、台風に負けなければ明日届くからね」と夕方メールがきて、なんと最近見つけたとっても美味しい手作りチーズケーキのお店から次女のためにケーキを買って送ってくれたのでした。
荷物の中にはケーキの他に、長女と次女、長男用にそれぞれかわいいハンカチも入っていて、誕生日でない二人の子ども達への心遣いに、私は感激しました。
お礼のメールを送ったら、次女の誕生日は長女がお姉ちゃんになったDayだもんね!一緒にお祝いしないと、と返事が来ました。
そういわれれば、下の子が生まれたということは上の子にしてみればその日からお姉ちゃんになった、
上の子にとっても大事な記念日だったんだなぁ、と気付かされ、私にはそういう視点が欠けていたので、これは素晴らしいことだなぁと先輩ママさんに教えられました。

2013年12月19日木曜日

布ナプキン たっちコラムno.40

こどもたっち 12月号、発行になりました。今回のコラムです。

 愛知に住んでいたときママ友が布ナプキンを使っており「そんなものがあるんだ」と驚きました。私も使ってみようかなぁと思った頃に引っ越しが決まり、こちらに来てからはすっかり布ナプキンのことは忘れていました。そんな時、市内で布ナプキンを販売しているお店があると知り、現在、少しずつ購入しています。先日、販売店で布ナプキンのワークショップがありました。実際に予洗いしたナプキンにスポイトで水分をたらし、どれくらい吸収するのかの実験をしましたが、30mlの水でも生地の裏までもれることはありませんでした。(多い夜でも80mlくらいだといわれています)また洗濯方法も教えてもらいました。他には、布ナプキンはたとえば紙オムツの上に大きいサイズの布ナプキンをしくと、オムツかぶれ対策にもなるし、また冷え性の方には身体を冷やさないのでオススメなのだそうです。私は何度も洗って使えるところが気に入っています。ですが初期費用がかかるのと、外出時は汚れたものを持ち帰る手間がかかるので好みは分かれるかもしれませんが、こういうものもあると知って好きな方を選択できるといいのではないかと思いました。

私は小名浜にあるARIRIAさんで購入しましたが、布ナプキンは簡単に作ることもできます。
 この本には布ナプキンの型紙がついていて、作り方も書いてありました。

2013年12月18日水曜日

人間って

人間って、いろんな条件や小さなことが積み重なって夕焼けの色が変わるみたいに変わっていきますね。それは認めなければしようがないでしょうねえ。人間が成熟していくっていうのは、許容の範囲が大きくなっていくってことなのかなあって思います。

田辺 聖子

2013年12月17日火曜日

おかあさん

ある本が我が家に届きました。
子どもの胎内にいたときの記憶や、
おなかに入る前の記憶がある子ども達の言葉が集められている本です。
その本の一番最後にあった言葉に心臓をわしづかみされました。

けいたくん(当時5歳)のことば
(けいたくんはなんのために生まれてきたの?)
ぼくは
「おかあさん大好き」って言うために
生まれてきたんだよ。

きっと子どもってみんなそうなんだと思います。
なんだかこの言葉があれば、
この先、どんなことがあっても乗り越えられそうな
そんな気持ちになりました。
(でもきっとまた壁にぶち当たったらすぐに落ち込みそうですが)

2013年12月16日月曜日

魔法の言葉  たっちコラムno.4

この話は2010年12月号のこどもたっちへコラムとして掲載していただきました。

主人が子どもを育てる魔法の言葉にちょっと興味があったみたいなので
それと似ているインディアンの教えと
魔法の言葉が載っている雑誌を主人に読んでもらいました。
そしたら、「うん、全部実践できている」と満足そうに頷く主人。
でもその夜、「今日、幼稚園で何があったの?」と
子どもに躍起になって話しかける主人の姿が!!
「きょう 少し  あなたの子どもが言おうとしていることに耳を傾けよう」
という一説があったのでそれを気にしているんだなーと
私にはすぐ分かりました。 (≧ε≦``)oo
でもその二・三日前の夜、
なかなか眠りにつくことのできない長女に主人が
「お前のお母さんは本当にいいお母さんだよ、
お前はいいお母さんのところに生まれてきて良かったね」
と何度も何度も言っていました。
隣で長男におっぱいをあげていた私がたまたま携帯を開いたら
「今すごく感動的な話をしているのに!!」
と主人はちょっと興ざめだったみたいで怒られました。
でも私はちゃんと聞いていたのよ!!
きっとインディアンの教えと魔法の言葉も大事だけど
主人が私を褒めてくれたことの方が
子ども達にとってはそれが一番魔法の言葉だと
(その褒め言葉が本当に私に値するかどうかは問題だけど)
私は思いました。

2013年12月15日日曜日

子どもが生まれたときの話

私は小学校の図書館ボランティアをしています。
子ども達に絵本の読み聞かせをしたりしています。
どんな本を読もうか迷うと、
沢山の本が紹介されているブックリストを読んで参考にしています。
その中に私の心を揺るがすこんなことが書いてありました。

「その子が生まれたときの話を必ずしてやってください」
というのは、本来は子どもには「本を読む」のではなく、
「お話をしてやる」ものだった。
昔は児童書はそんなに多くなかったし、高価で買えなかった。
その分、親はいろんな話をした。
その中でもとりわけ、その子が生まれたときの話を是非してほしい。
それはプロが決して語れない、本にできない話だが、
この世でこれ以上強力な話はない。
その子が愛されて生まれてきて、かけがえのない存在であること、
生まれてきてよかった!という基盤と自信を作ってくれる最高の物語だ。
そして、子どもに「私も生まれてきてよかった」といってもらえるように。
本やお話はそのためにあるのだ、と。

心ではどんなに子ども達のことを思って、愛していても
やっぱり、声に出してどんなに私たち親は子どもたちを愛しているか、
伝えないと子どもには伝わらないのかもしれません。
確かに、子供が生まれたときの話は
プロにもできない、親にしかできないなんて最高のドラマだと思いました。

2013年12月14日土曜日

「名前は祈り」 毛里武

名前はその人のためだけに
用意された美しい祈り
若き日の父母が
子に込めた願い

幼きころ 毎日、毎日
数え切れないほどの
美しい祈りを授かった

祈りは身体の一部に変わり
その人となった

だから 心を込めて呼びかけたい
美しい祈りを



毛里 武 作

作者注:この詩は、黒川伊保子さんの「怪獣の名はなぜガギグゲゴ
なのか」をヒントにして書かれました



毛利さんの言葉より・・・
   <この世に存在するものには必ず名前があります。名前があるのは、その存在を求められているからです。中でも人の名前は特別な言葉です。自分のためだけに用意され、一生のあいだ名乗り、呼び続けられる言葉です。>
  ・・・略・・・
   <一生涯にわたって使う名前ですから、そこには親の願いを込めたいもの。あまたの候補から、たった一つ、願いをこめて名を決めます。それは祈りの実です。天から授かった祈りの実です。>

2013年12月13日金曜日

肉入り味噌汁

主人は会社から帰ってくるときに「今から帰るよ、夕ご飯は何?」と電話をしてくる。

あるとき「豚汁」と答えたことがあった。
私の中では豚肉が入っている具だくさん味噌汁は「豚汁」であると思っていた。
しかし、主人のイメージする豚汁の具は決まっていたらしく
食卓に出されたものを見て主人が「これは豚汁じゃない、肉入り味噌汁だよ」と。

それから我が家では「これは豚汁じゃないか?」と思えるような具が入っているものでも
あえて「肉入り味噌汁」と呼ぶことにしている。(笑)

2013年12月12日木曜日

「黄金の魚」 谷川俊太郎

おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみにも
ひとつぶのなみだが
とけていないということはない

2013年12月11日水曜日

お母さんは5歳  たっちコラムno.1

この話は2010年9月号のこどもたっちへコラムとして掲載していただきました。
こどもたっちに掲載していただいた記念すべき私の一番最初のコラムです。


土曜日に公開子育てセミナーに行ってきました。
東京にある幼児研究所の先生をお呼びして
親子で歌ったり踊ったりするというもの。
頭のてっぺんがまあるくはげたおじさんが
(そのため、‘ピカリン‘と呼ばれている)
ギターを持って歌い出すから
はじめはギョッとしてしまったけれど
子ども達も一緒に楽しく歌い出して
とっても楽しく過ごしました。
親と子が対になってぎゅっと抱きしめたりするゲームが多く
普段、次女や長男を抱っこすることが多いので
次女は一緒に来た妹とペアになってもらい
(長男はいつものように私の背中にいて)
なかなか抱っこしてあげられない長女を沢山抱っこすることができました。
最後にピカリンはこんな話をしてくれました。
「お母さんは何歳ですか?」
そばにいた親子に聞きました。
「3?歳です。」
「じゃあ、上のお子さんは?」
「7歳です。」
「じゃあ、お母さんは7歳だね。」
「?????」
「お母さんは子供が生まれて初めてお母さんになれる。
だから上のお子さんが7歳だから、お母さんも7歳。
お母さんは7歳だから、できないことだってあるし、
分からないことだってあるんだよ。」
それを聞いて、私もホッとしました。
最近、「どうしてお母さんなのにできないの?」とか
「どうしてお母さんなのに分からないの?」と長女に言われることがあったからです。
それなら我が家のお父さんとお母さんは5歳。
できないことだって分からないことだってあるけれど
でもそれでもいいんだな、だってお母さんは5歳なんだもの。

2013年12月10日火曜日

「歌」 新川和江

はじめての子を持ったとき
女のくちびるから
ひとりでに洩れだす歌は
この世でいちばん優しい歌だ
それは遠くで
荒れて逆立っている海のたてがみをも
おだやかに宥めてしまう
星々をうなずかせ
旅びとを振りかえらせ
風にも忘れられたさびしい谷間の
やせたリンゴの木の枝にも
あかい灯をともす
おおそうでなくて
なんで子どもが育つだろう 
この いたいけな
無防備なものが

2013年12月9日月曜日

宮崎のまんじゅう喰い人形

だいぶ前に電車の中で見かけた広告に書いてあった話です。

離婚を考えていたある一人組の夫婦がおりました。
子供をどちらが引き取るかという話になって、子供に「お父さんとお母さん、どちらが好きか」
と聞いたところ
手にしていたまんじゅうを二つに割って「どちらがうまいか」とその子は聞いたそうです。
そのことにちなんで子供がかしこく育つように、という願いが込められて作られた人形だそうです。


もともと一つだったまんじゅうを二つに分けたところで
どちらがうまいかって、どっちも同じくらい美味しい。
子どもにとってもお父さんとお母さん、どっちが好きかって
どっちも同じくらい大好きに決まってる。

それをまんじゅうを二つに割って「どちらがうまいか」と
聞き返した子どもの賢さと子どもの親を思う心に感心しました。

2013年12月8日日曜日

「祝婚歌」  吉野弘

二人が
睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと
気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することになっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとか
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい

2013年12月7日土曜日

誰もが皆 主人公

あなたは教えてくれた
小さな物語でも
自分の人生の中では
誰もが皆 主人公

さだまさし

2013年12月6日金曜日

子どもは親を越える

ある子育てシンポジウムに参加してきました。
その時に心に残ったひと言です。
あるパネラーの方がおっしゃったのですが、「子どもは親を越える」と。
最初は私は、子どもは親を乗り越える(精神的な面で)ことかと思いました。
でも、パネラーの方がいわれたのはそうではなくて、
「自分たちが今幸せなら、子ども達はそれを越えてもっと幸せになる」ということでした。
私はいいことを聞いたと思いました。
子ども達には私達を越えるくらいもっと素晴らしいよき伴侶を見つけてほしいと思うし、
私たちもそう信じて子ども達を待ちたいと思います。
ある人から「あなた達のところに生まれてきて子ども達は幸せね」とお褒めの言葉をいただきましたが
子ども達が大きくなって、本当にそう思ってくれたらどんなにいいかと思います。
半分子どもみたいなお母さんで、
でも母親として、どうしたらいい子育てができるか葛藤しつつ、
自分が子どもの頃、親にどうしてほしかったのかと子ども時代も振り返り
そんな毎日ですが、
「人生で一番楽しいのは子供が生まれてから20年。
子どもを育てるのが一番おもしろい。あっという間だよ。」
というある先輩お父さんの言葉を噛みしめています。
子どもという種を蒔いて、やっと芽が出たところ。
どんな花が咲くのか楽しみです。
子ども達の素晴らしい未来を思い描いて。